2012年10月27日

インドネシアへ行く気はないか?B

昨日に続きまして、私の30数年前のお話です。

この私の一番初めの会社では、三回ほど、びっくりするようなことがありました。
一番初めは、その会社の関西にあります本社に就職しまして、約1週間の研修のあとで配属を言われた時のことです。

「はい、来週から君は横浜工場勤務。」・・・と言われて驚きました。
横浜に工場があることも知らずに就職していたからです。

2回目は、このインドネシア行きでした。
そして3回目は、この時から約1年少ししまして、不況で会社の縮小がありました。

横浜工場が閉鎖となり、私も名前だけは希望退職でしたが、数人の営業所の人を残して、私も含めた全員がその会社を辞めざるをえなくなったことです。

ところで、この時は、思ってもみないインドネシア行きのお話でした。
期間は、少なくとも2年か、それ以上を考えておいて・・・とのこと。

しばらくの間は、考える時間をもらいました。

それまでの人生が、どうもうまくいっていませんでしたので、この際インドネシアという海外生活を経験したら、人生が好転するかな・・・という期待もありました。

そういう明るい人生の展開を予測させるような、私にとっては大きなチャレンジのお話でした。

ただ、私も若い年代でした。
実はちょっと好きな女性もいましたし、考えどころでした。

彼女とも二人で話をしたりもしました。
この時に彼女の方を取って、インドネシア行きを断る・・・ということも出来たはずです。

でも結局、インドネシア行きの方を選びました。
今考えますと、彼女には申し訳ないことでした。

そういう言葉を使ってもいいかどうか分かりませんけれど、結局”ご縁がなかった”・・・ということになるかと思います。  お互いの強い思いも薄かったのかもしれません。

それから何日か考えましたあとで、私から所長に、インドネシア行きの今回のお話を受けることをお伝えしました。

この時、私は人生の中での大きな決断をしました。

この続きはまた書かせていただきますね。 それでは。

posted by 白うさぎ at 21:25| Comment(0) | インドネシアのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

インドネシアへ行く気はないか?A

6日ぶりに、インドネシアのお話の続きを書かせていただきます。
今から30数年前のことになります。

東京の営業所に勤めていました時に、所長であり役員の人から私に話があるので・・・と言われたところからです。

あまり人がいない午後の食堂で、二人で座ってコーヒーを飲みながら、営業所長が私に向かって言われたのです。

「インドネシアに行ってくれる気はないかな?」・・・と。

このあたりの話の内容は、どうもだいぶ前のことでして詳しくは覚えてはいません。
ただ、やんわりと”インドネシア行きの話”を私に打診された・・・という感じでした。

すぐの返事でなくてよいので、少し考えてみてから返事をもらったらいい・・・というようなお話だったように、なんとなく覚えています。

え? 私が海外へ? インドネシアへ?
いや驚きました・・・。

私が勤めていました会社は、おおよそ海外勤務なんて、縁のない会社でした。
海外に営業所や工場があるわけではなかったからです。

でも、その会社が関係します商社の方のインドネシアの合弁会社への出向・・・というお話だったのです。
それにしましても、寝耳に水・・・というのですか・・・。

突然の海外行きのお話は唐突でした。
その時は、私は ”考えておきます。”・・・といったお返事をしたように思います。

”ただただ、びっくりした”・・・というのが正直な気持ちでした。

ところで、先日のAKB48の発表で、お二人がインドネシアへ・・・というお話がありましたです。
おっと、インドネシアか・・・と思いましたね。

AKB48のお二人は、インドネシアの首都ジャカルタへ・・・だと思います。

でも私の場合はジャカルタからジェット機で東へ約1時間にあります、東部ジャワのスラバヤという町にあります合弁会社へのお話でした。

この続きはまた書かせていただきますね。 それでは。

posted by 白うさぎ at 21:46| Comment(0) | インドネシアのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

インドネシアへ行く気はないか?

今から30数年前に、会社から出向でインドネシアへ行きました。

約8ヶ月の間だけの出来事でした。
私の人生で、大きな可能性があるかと思われました出来事でした。

でも、その後日本に戻ってきて、何も変わらなかったようには思います。
それでも私にはその時のインドネシアでの体験の思い出があります。

この日記で何回になるかも分かりませんけれど、また連続にはならないかと思います。
自分の人生で体験しました、インドネシアでのお話のいくつかを、この日記で振り返らせていただきたいと思います。

自分でも、どういう風に書いていくか分かりません。
思いつきで書いてゆくかと思います。

よかったら、読んでみてください。

さて、私は20代の頃は会社の関係で横浜の工場の寮に住んでいました。
工場の規模は、従業員200名弱くらいの大きさの製造会社でした。

大きな機械装置がありましたので、それなりに敷地は広かったです。
そして、20代後半になりますと、京浜急行で東京の馬喰町まで通っていました。

片道の電車に乗っていますだけで、約1時間かかっていたように思います。
歩くのも入れますと、合わせて片道だけで、約1時間半にもなるのでしょうか・・・。

関東の人って、通勤時間が本当に長いですね。

その会社の営業所が東京の日本橋にありました。
あるそこそこ大きなビルの中にありまして、10数名のこじんまりとした営業所でした。

それは私が30歳の頃の出来事です。

その営業所の所長であり、かつその会社の役員をされている人から私が呼ばれました。
ちょっと話があるので・・・とのことでした。

ちょっと小太りで、目がくりくりして、人が良くおだやかな感じの所長でした。

(この所長は、その後何年かして、その会社の社長にもなられたようです。
でも、もう何年も前から、この世にはおられません。 私にインドネシア行きのきっかけをいただいた有難い人になります。)

さて、私は何の話かな・・・と思いましたが、所長と一緒に二人でワンフロア上にあります食堂に行きました。
その時は午後の時間でして、人があまりいないがらんとした食堂でした。

長くなりますので、この続きはまた書かせていただきますね。 それでは。

posted by 白うさぎ at 22:20| Comment(0) | インドネシアのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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