2013年02月11日

自転車で横転して骨折したお話

7日午後のテレビの「ひるおび」で、法律・仕事のトラブル(労災編)がありました。

ところで、私自身が労災の適用を受けたことがあります。

今から10数年前のことですが、朝の会社へ行きます自転車通勤の途中で、自転車で横転しまして、左肘を骨折しました。

前日に自転車のタイヤのチューブの空気がだいぶ減っていまして、空気をパンパンに入れていたことが裏目に出ました。

車道を走っていまして、そこから歩道へ移ります時に、数センチの段差がありました。
その段差でスリップしてしまい、左側へハンドルを持ったまま横転して、左肘をアスファルトの地面に強く打ち付けました。

その時は左肘がとても痛かったのです。
そして、そこからまだ1キロ位あったのですが、とりあえず会社まで自転車で行きました。
それでもやはり左肘が何かおかしいと感じまして、近くの病院へ行って診てもらうことにしました。

その病院でレントゲンを撮ってもらいましたら、左肘が折れていますよ・・・と言われました。

私の人生で初めての骨折の経験になりました。
すぐに準備をして入院もしました。

年末が近づいていまして、お医者さんも大変だったのですが、その年内になんとか手術をしてもらえました。

骨折をしたら早く手術をしてもらわないといけないのです。
日数がたって、骨がおかしな癒着をしたら取り返しがつかないのだそうです。

お医者さんは、年末年始は海外旅行等で長期休暇を取られることも多いようで、本当に幸いに、お医者さんが年末のお休みに入られる前に、手術をしていただけたので、ラッキーでした。

退院後から、早速リハビリもしまして、左腕のギブスがとれるまでには、おおよそ半年近くもかかりました。

それにしましても、事故というものも、予測もできませんし、一瞬にして起きてしまうものですね。

また、これで私もこりましたが、自転車のタイヤの空気も、あまりパンパンに入れ過ぎない方が良いようですよ。

posted by 白うさぎ at 22:46| Comment(0) | 私の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

なにわ淀川花火大会の思い出E

関西のお話ばかりで、ごめんなさい。
でも、それぞれの人の地元の花火大会が、やっぱり最高ですよね!

もう少しだけ大阪のお話を・・・。 7月25日は大阪の天神祭奉納花火大会です。 花火大会がメインではありません。 大阪の天神さんのお祭りですので、130万人の人出で、花火は3000発ですが、2ヶ所から打ち上がりまして、場所の関係でそんなに大きな花火は上げられないようです。

8月8日はびわ湖大花火大会があります。 約1万発で、人出は35万人です。
15年程前に一度行きました時には、びわ湖の大津港で、3ヶ所からシンクロしまして大きな同じタイプの花火が打ち上がっていました。 今はどうでしょうか?

さて、母と一緒に何回か、淀川花火大会に行きました。
その内に母の体調が悪くなりまして、それからは私は淀川の花火をビデオで撮りまして、あとで母に見てもらうことがありました。

もう、母が一緒に行けなくなりましたもので・・・。
「きれいやね!」・・・と母は、そのビデオがテレビ画面に映ったのを見て、私に言ってくれました。

私のように、母が花火を好きだったかどうかは分かりませんでしたけれど、私には笑顔でそう言ってくれました。

花火大会のクライマックスが、だいたい最後の数分間にあります。
本当かどうか数えられませんが、その数分で、数千発が打ち上がるのだそうです。

しばらくの間ですが、止めどもなく打ち上がる花火の美しさに、私は何か ”花火師さんの心意気”といいますか、”どうですか、このすごい花火は!・・・” といった気持ちを感じて、不覚にも涙がこみ上げる時もあります。

その年によるのですが、その前半と思われますクライマックスがいったん止まることがあります。
いったん静かになって、そしてしばらくして、”ドドドド・・・”と打ち上がり始めた・・・と思いましたら、次がその花火大会の本当の最大のクライマックスがくる場合もあります。

どんどん花火が打ち上がって、いつ終わるのか分からない位、空中で花火の炸裂が続きます・・・。
空が花火だらけです・・・。
それが最後の相図みたいなものですね。 そして花火が終わりまして、暗闇が戻ってきましたら、そのあとは見に来た人達から大拍手です。

ところで、淀川花火大会のプログラムや構成は、花火メーカーに任せるのではなく、十三の人で、毎回その年の花火大会の構成のコーディネートを専門にする人がおられるようにお聞きました。

こういう人がおられる花火大会って、あまり他にないみたいです。
この花火大会のコーディネーターの人って、音楽好きなのかな・・・とか思うのです。
シンフォニーのフィナーレ、アンコールみたいな感じかなって・・・。

どうも、私の花火好きなお話ばかりを書かせて頂きました。
これから8月の後半まで、それぞれの方の地元の花火大会が続くと思います。

お互いにいっとき、日頃のことを忘れて、美しい花火を楽しめたらな・・・と思います。
ただ、花火大会の帰りが、一度に混みますし大変ですよね。

今回の花火の話題はここまでとさせていただきます。読んで頂きましたら、ありがとうございました。では。
  
posted by 白うさぎ at 21:11| Comment(0) | 私の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

なにわ淀川花火大会の思い出D

それにしましても、ボランティアの人達って、地元の若者が中心になって有志で応募されて、やっておられるわけですけれど、よくやっておられると感心します。

当日の有料席の受付から、人の誘導・・・。  また、多分前日以前からの準備と翌日以降の片付け等にも関わっておられるのだと思います。 私の地元では、阪神大震災の時もそうでしたが、ボランティアの人って、素晴らしい仕事をされていて、尊い存在ですね。

私は素晴らしいな・・・思うだけで、自分では実行はできない間に年を取ってしまいましたけれど・・・。

それから、この関西のお話ばかりになって申し訳ないのですけれど、他の花火大会のことを少しだけ・・・。
それも、私があちこち行きましたのは、もう15年位も前のある夏のことになります。

その年に自分のビデオを持って、あちこちに行ってみました。
8月1日は、毎年PL花火大会があります。 私の所からは大阪に出ましてから南へ、南海電車でだいぶ行きますので、不便です。

当時で、その打ち上げ数は12万発と言われていました。
打ち上げ数といいますか、花火大会の規模では日本一、いや世界一のようです。
教団の先代が亡くなられた日に、PLゴルフ場で打ち上げられます。

現場の花火師さんも300〜400人とか・・・。 なにかで読みました。 すごい規模ですね。
ゴルフ場の有料席は教団関係の人や地元の一部の人しか入れないみたいでした。 私は少し西へ下った住宅地から見ました。

なにしろ大きな10号玉(直径30Cm)と思われます大きな花火も、何箇所からもガンガン打ち上がり、圧倒的な迫力なのです。
でもこれは私の個人的な感想なのですが、何か大雑把な大味な感じがしました。

ただで見せてもらって、どうこう言えるものではないのですが、花火大会を一つの交響曲に例えます、私の個人的な好みから言わせてもらいますと、音が大きなフォルテッシモの連続すぎるような感じがしました。

途中で、繊細なピアノというような部分が欲しくて・・・。
強弱の強ばかり・・・と言っては、おこられるかもしれませんけれど・・・。

それだけの規模になりますと、そうなるのでしょうね・・・。
ごめんなさい、続きはまた明日に・・・。
posted by 白うさぎ at 21:37| Comment(0) | 私の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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